不器用な美容師さんの話 、その2
このあいだの続の美容師さんの話なんだけど。
ただのちょっとしたエピソードなのに、こうして文章に書き起こすと
数回に分けなきゃいけないぐらい長くなっちゃうんだから、不思議なものよね。
私、美容室に行って椅子に座るとどこ見ていいかわかんなくなっちゃうって話は、したと思うの。
そんな私だから、もちろん担当してくれた美容師さんの名前なんて覚えるわけないじゃない?
行きずりの女よろしく、その一回の数時間で関係性が終わっちゃうわけよ。
同じ美容室にかれこれ8年ぐらい通ってるっていうのに、ある意味すごいでしょ。
8年っていっても、年に1、2回しか行かないから、トータル16回ぐらいしか行ってないんだけどね。
年1、2回しかこない上に、常にはじめまして、みたいな態度とる客とか、美容師さんサイドも結構困ってるんじゃないかしらね。知らないけど。
で、予約するときに「担当の希望はありますか?」っていつも聞かれるのね。
もちろん「特にありません」って答えるんだけど。
そんな感じで今回も予約を入れて、美容室に行ったんです。
大抵男性の美容師さんなんだけど、今回は女の子だったから、「あら、本当に初めましての人」だっていう認識はあったの。
その子はちょっとだけふくよかで、感じの良い子だった。
私の放つATフィールドにもめげずに、綾波を助けるって決意したシンジ君のように、なんとか雰囲気を良くしようとして話しかけてきてくれてね。
頑張って話しかけてくれるから、私もそれなりに精一杯の笑顔を浮かべて対応してて、いつもほとんど喋らない私としてはちょっとした表彰状授与されちゃうぐらいの頑張りようだったのよ。
そんなわけで、めずらーしく円滑なこミュニケーションをとりながらカラーの色合いとか、カットの長さとかを決めて、滞りなくカラーリングと言う名の白髪染めが始まったの。
カラーリングと言う名の。
白髪染め。
白髪が増えたエピソードは機会があったら話すわね。
無職な私はスマホでハロワとか眺めながら、新規のパートタイム案件の
『ラジオパーソナリティ』とか見て、ハロワで募集するのかこれ、なんて驚いたりして。
数十分後に、洗髪の時間になったの。
洗面台に案内される私。座った椅子がゆっくり倒れていったわ。
美容院が苦手な私でも、洗髪の時間は好きだった。だって、顔にタオルかけられて視界が遮断されると安心するし。男性の美容師さんの手で洗ってもらうと、自分の力加減とは違って眠くなるぐらい気持ち良いのよ。
で、目を閉じながらその手の持ち主が速水もこみちだったらなぁとか想像するのがたまらない。
速水もこみちが好みのタイプってわけじゃないんだけど、(ジェイソンステイサムを守って体を張って銃に撃たれて死にたい願望ならあるわ)なんやかんや美容師さんが速水もこみちだったら最高だな、って思う訳。
女性は久々だなぁと思いながら、目を閉じる私。
はじまるシャンプー。
肩にかんじる生ぬるさ。
生ぬるい。
これは……、一応タオルかかってるからガードされてるけど、びしゃびしゃお湯が肩にかかってるわ……、と開始数秒で気付く私。
そりゃあ、シャワーで流しているんだもの、多少は肩にお湯がかかるわよね。
それは理解できる、理解できるのよ。
でもね、尋常じゃないぐらいの生ぬるさが私を襲う。いやちょっと、かかりすぎじゃない?
濡れてない、これ服、濡れてない?
若干の不安を感じながらも、身をまかせるしかないと覚悟を決める私。
やたらと飛び跳ねるお湯が、タオルの隙間から顔にかかるかかる。
じゃんじゃか洗ってくれるのは良いんだけど、終わった後に明らかにびしょびしょになってたら、気まづい空気が流れるわよね、これ……、別に濡れるのは良いんだけど、気まずいのは嫌よね、と考えてた矢先。
「あ!」
と声がしたど同時に、弾けるお湯。濡れる床。そしてついでに濡れる私の足。
……足。
ええ、足。足がね。まさかの足が、濡れた。
何をどうしたらそうなるのか分からないけど、暴発したお湯が私のストッキングの上から足と床を景気良く濡らしたらしかった。らしいというか、生ぬるかったから確実にびっしょりいったなこれ、と理解した。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
と非常に焦って謝りながら、タオルで拭こうとしてくれるお姉さん。「お洋服が濡れちゃいました、今拭きます、床……、床は良いや!!」
と豪快に床を見捨てるお姉さん。
思わす「大丈夫ですよ」と言った後に、こらえきれずに笑い声を漏らす私。
何をどうしたらそうなるのかが分からずに、面白くて仕方なかったから、しばらく笑っていたら、お姉さんはとてもほっとした様子だった。
気まずくならなくてよかったと思う。
気を取り直して、シャンプーを続けてくれたんだけど。
今度はどうにかこうにかお湯をかけないようにしようとしているらしく、必要以上に覆いかぶさってくるお姉さんの、豊かな胸が私の鼻と口を塞ぎ続ける。
「かゆいところはありませんか?」
なんて優しく聞いてくれるんだけど、まさか「おっぱいが当たって苦しいです」なんて言えないじゃない。
「だ、ぃじょう、ぶです」となんとか言う私。お湯はかかるし、呼吸はできないし、なんだかよくわからないまま時は過ぎ、シャンプーが終わりました。
髪の毛は、綺麗に白髪が染まっていたけれど。
あんなに不器用にシャンプーをする美容師さんに出会ったのははじめてだった。
次は同じお姉さんを指名しようと思いました。